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釧路地方裁判所帯広支部 昭和33年(ワ)2号 判決 1960年2月15日

原告 藤本欽三 外二名

被告 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外一名

主文

原告等の請求は、いづれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告三名訴訟代理人は、「被告は原告等に対し、金二百万七千円とこれに対する昭和三十三年一月二十四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおりに述べた。

一  原告三名は共同して、別紙目録記載の物件を含む五十点の物件を、その所有者であつた訴外株式会社逢沢組(以下逢沢組と略称する)より、昭和二十九年十月二十九日に代金百六十一万八百八十円で買受け、同日その共有者となつたものである。

当時逢沢組は、日本国有鉄道より北海道河東郡上士幌町字糠平における国鉄士幌線の鉄道付替工事を請負い、その工事施行中であり、右原告等買受けの物件を右工事に使用していたので、原告等は逢沢組の申出により、右物件を買受けると同時に逢沢組に対し、返還の時期昭和三十年二月二十八日、賃料一ケ月金一万千三百円毎月末日払いの約のもとに賃貸した。

二  ところで、逢沢組は右工事を訴外道東建設工業株式会社(以下道東建設と略称する)及び訴外永井建設株式会社(以下永井建設と略称する)に下請負をさせており、前記物件は当時道東建設において逢沢組より貸与を受け、工事に使用していた。

そして右工事に従事していた永井建設の労務者である訴外藤島秀雄外九十六名の者は、昭和二十九年七月以来永井建設より労務賃金の支払を受けていなかつたところから、弁護士大野米八を訴訟代理人として、別紙目録記載の物件を含む十七点の物件が永井建設の糠平出張所長川原由蔵において逢沢組より譲渡を受け、現在その所有に属すると主張し、かつ永井建設及び川原由蔵は逢沢組に対し右物件の引渡を請求しないから、右両名に代位して右物件の引渡を求める請求権を保全するためと称して、昭和三十年三月右物件の占有者である道東建設を債務者として仮処分を申請し(昭和三〇年(ヨ)第四号)、釧路地方裁判所帯広支部は同年四月四日右申請を許容し、「前記物件につき債務者道東建設の占有を解き、債権者等の委任する釧路地方裁判所執行吏の保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許す。債務者はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。」という趣旨の仮処分判決を言渡した。右藤島等債権者の委任した釧路地方裁判所執行吏高村伝は、同月七日、前示物件の所在地であつた河東郡上士幌町字糠平士幌線鉄道付替工事現場道東建設作業所に臨み、右仮処分判決の執行をなし、右物件を管理するに至つた。なお、同執行吏は同年十月三十一日退職し、同日高村辰雄が釧路地方裁判所執行吏に任命され、本件仮処分の執行もこれを承継し、以来同執行吏において前示物件を占有し管理してきた。

ところが、仮処分債権者代理人大野米八は、昭和三十年九月八日執行吏高村伝に対し、右仮処分物件の保管替申請をなし、同執行吏の許可を受けて、右物件を上士幌町市街三原商店倉庫に移し、更に同年十二月二十日右大野の復代理人三原幸信は、執行吏高村辰雄に対し、右物件の保管場所を同町東三線二百三十五番地に変更した旨の届出をするとともに、仮処分債権者と債務者との間で示談が成立したという理由で、仮処分解放申請をした。同執行吏はこれにより即日右仮処分の執行を取り消し、その旨の通知を債務者道東建設に発送するとともに、翌日仮処分物件の所在場所である前示上士幌町東三線二百三十五番地に臨み、三原幸信立会の下に、該物件を点検した。しかし、同執行吏は右物件の存在を確かめただけで、何人にもこれを引渡すことなく、右場所に放置したままにしておいたものである。そのため、原告等共有にかかる別紙目録記載の物件は、その後何人が持去つたか不明のまま亡失するに至つた。

三  これより先、同年四月二十九日右藤島等は前記大野米八を訴訟代理人として、右仮処分の本案訴訟として、道東建設及び逢沢組を被告とし、道東建設に対しては、前示物件が逢沢組の所有であることの確認を、逢沢組に対しては、藤島等に対する永井建設の労務賃金債務を永井建設より引受けたことを理由としてその支払を求める訴を釧路地方裁判所帯広支部に提起した(昭和三〇年(ワ)第六二号)。これを知つた原告等は、同年六月右訴訟の原被告双方に対し、前示物件中別紙目録記載の物件が原告等の共有に属することの確認及び道東建設に対し、その引渡を求める請求をもつて、右訴訟に参加した(昭和三〇年(ワ)第八二号)。ところが、右訴訟係属中の昭和三十一年二月頃、原告等は前示仮処分物件が亡失している旨を聞知したので、その真否を右執行吏に照会したところ、同執行吏からは、仮処分債権者からの解放申請に基づき昭和三十年十二月二十日執行を解除したとの回答があつたのみで、物件の存否につき何らの回答も得られなかつた。そこで原告等は、前記所在場所に赴き調査したところ、事実物件は存在せず、かつその行方は全く不明であつた。そのため、原告等は右参加訴訟のうち、道東建設に対し、物件の引渡を求める部分を取り下げたのである。しかして、前示訴訟の結果、昭和三十二年五月十日原告等三名と右藤島他九十六名との間において、別紙目録記載の物件(但し、(八)を除く)が原告等の共有に属することを確認する、との判決があり、右判決は同月中に確定した。

四  ところで、執行吏が仮処分の執行を取り消し、目的物件を解放するに際しては、これを仮処分債務者その他これを受け取る権利を有する者に交付しなければならないことは、執行吏執行等手続規則に明定するところである。本件に関しても、釧路地方裁判所執行吏高村辰雄は、前示仮処分解放申請に基づき仮処分執行を取り消すにあたり、前示本案訴訟が真実示談により解決したか否か、当該物件を受け取る権利を有する者が何人であるかを調査し、これを明確にした上で真実の権利者を立会させて、これに交付すべきであつたといわなければならない。しかるに同執行吏は、右職務を尽さず、単に仮処分債務者に執行を取り消す旨の通知を発しただけで、何人にも目的物件を交付することなく放置したのであり、そのために別紙目録記載の物件は亡失し、原告等はその返還請求権を行使できなくなつたのである。即ち、国家公務員である右執行吏の故意又は過失に基づく職務上の義務違背の処分によつて、原告等の共有権が侵害されたものといわなければならない。しかして、別紙目録記載の物件は、その亡失当時において金二百万七千円を下らない価格を有したものであり、右物件は原告等三名の共有に属するから、その侵害に基づく損害賠償請求権も不可分債権と解すべきであるので、原告等は国に対し、金二百万七千円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和三十三年一月二十四日より民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

かように述べ、

被告が抗弁として主張した点を否認し、

立証として、甲第一乃至第十号証、同第十一、第十二号証の各一、二、同第十三乃至第十五号証を提出し、証人五十嵐信夫、同大野米八、同高村辰雄、同三原幸信、同野呂文康、同逢沢彰久の各証言並びに原告藤本欽三の尋問の結果を援用した。

被告指定代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、原告等の主張に対し、次のとおりに述べた。

一  原告等の主張事実のうち、原告主張のとおり、訴外藤島秀雄他九十六名を債権者とし道東建設を債務者とする仮処分申請がありこれに対する判決がなされ、執行吏高村伝がその執行をなしたこと、右執行吏が退職し、高村辰雄が執行吏に任命されて、右仮処分執行をも承継したこと、右仮処分物件の保管場所が再度変更されたこと、仮処分債権者からの開放申請に基づき、同執行吏が仮処分執行を取り消し、その旨を仮処分債務者に通知したこと及び翌日右物件の所在場所に臨み、三原幸信立会の下に右物件の存在を点検したことはいづれもこれを認める。執行吏高村辰雄が、右仮処分執行の取り消しにあたり、目的物件を何人にも交付することなく放置したとの点、原告等が同執行吏に仮処分物件の存否につき照会し、同執行吏からその点につき回答がなかつたということ及び同執行吏の職務上の義務違反の処分により原告等の共有物件の引渡請求権の行使を不能にしたとの点は、いづれもこれを否認する。その余の原告主張事実は全て知らない。

二  執行吏高村辰雄は仮処分債権者から、仮処分債務者との間に示談が成立したから仮処分物件を解放されたい旨の申請があつたので、債務者が仮処分判決により右物件の使用を許され、現に占有していること及び当事者間に示談が成立している事情を考慮して右仮処分執行を取り消したものである。しかして、仮処分執行取消の通知を債務者にしたことは、執行吏の代理占有者として仮処分物件の使用を許され、これを占有している債務者に対し、執行吏の占有を解除し、債務者の占有に移す意思表示をしたのであつて、これは所謂簡易の引渡にあたるものである。従つて、同執行吏は仮処分物件を仮処分債務者に交付したのであり、何人にも交付せずに放置したのではない。

三  更に、執行吏は執行を解除し、目的物件を交付するに際し、目的物件が何人に帰属するかにつき、実質的に審査する権限及び義務を有するものではない。ただ事実的支配関係(占有)又は登記のごとき認証書、証明書の有無というような点についてのみ形式的の調査をなすべき職権及び職務をもつにすぎない。従つて、本件に関し執行吏高村辰雄が、真実に当事者間に示談が成立したか否か、物件の真実の所有者が何人であるかを審査しないで、仮処分執行を解除したことをもつて、執行吏としての職務に違反したということはできない。

以上により、同執行吏の前示仮処分執行解除の処分に、故意又は過失による職務違反ありということはできない。

かように述べ、

抗弁として、仮りに別紙目録記載の物件が亡失したものであり、それが執行吏高村辰雄の過失による職務違背の処分に原因があるとしても、原告等においても右物件の保全のために相当の処置をとることができたにも拘わらず、不注意にもこれをしないでいたのであり、右原告等に存する過失も右亡失の一因をなしているということができるから、損害額の算定につき斟酌されるべきである。

と述べ、

甲第一、第十四、第十五号各号証がいづれも真正に成立したかどうかは知らないが、その余の甲号各証が全て真正に成立したことは認める、と述べた。

理由

一  永井建設の労務者である訴外藤島秀雄外九十六名の者が、弁護士大野米八を訴訟代理人として、昭和三十年三月釧路地方裁判所帯広支部に、右藤島等は永井建設に対し労務賃金債権を有すること、別紙目録記載の物件を含む十七点の物件は、永井建設の糠平出張所長川原由蔵において逢沢組より譲渡を受け、その所有に属しているにも拘わらず、右永井建設及び川原は逢沢組に対して右物件の引渡しを請求しないことを主張し、右両名に代位して右物件の引渡請求権保全のためと称し、右物件を逢沢組より貸与を受け現実に使用し占有している道東建設を債務者として仮処分を申請し(昭和三〇年(ヨ)第四号)、同裁判所は同年四月四日右申請を許容し、「前記物件につき債務者道東建設の占有を解き、債権者等の委任する釧路地方裁判所執行吏の保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許す。債務者はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。」という趣旨の仮処分判決をした。債権者等から右判決の執行の委任を受けた釧路地方裁判所執行吏高村伝は、同月七日前示物件の所在地である河東郡上士幌町字糠平士幌線鉄道付替工事現場道東建設作業所に臨み、その執行をなした。同執行吏は同年十月三十一日退職し、同日高村辰雄が釧路地方裁判所執行吏に任命され、右執行事務をも承継した。右仮処分物件は、執行吏高村伝在任中の同年九月八日債権者等の代理人大野米八の申請に基づき、その保管場所を同郡上士幌町市街三原商店倉庫に変更された。更に同年十二月二十日右大野の復代理人三原幸信から執行吏に対し、その保管場所を同町東三線二百三十五番地に変更した旨の届出とともに、仮処分債権者と債務者との間に示談が成立したという理由による仮処分解放の申請が提出され、同執行吏はこれにより、即日右仮処分執行を取り消し、その旨の通知を債務者道東建設に発し、かつ翌日仮処分物件の所在場所に臨み、三原幸信立会の下に、物件の点検をした。以上の事実は、当事者間に争いがない。

真正に成立したことについて当事者間に争いのない甲第二号証、同第十一号証の一、二及び証人三原幸信、同大野米八、同五十嵐信夫、同高村辰雄の各証言並び原告藤本欽三尋問の結果を綜合すると、次のような事実が認められる。

前示藤島秀雄外九十六名の者は、弁護士大野米八を訴訟代理人とし、前示仮処分の本案訴訟として、昭和三十年四月二十九日釧路地方裁判所帯広支部に訴を提起した(昭和三〇年(ワ)第六二号)。この訴は、逢沢組に対して、逢沢組が永井建設の藤島等に対する賃金債務を引受けたことを理由として、その債務の存在確認及びその支払を求め、道東建設に対しては、仮処分物件が逢沢組の所有であることの確認を求める、というにあつた。原告等は右訴訟の係属を知つて、同年六月右藤島等及び逢沢組に対し、右物件中別紙目録記載の物件が原告等の共有であることの確認を、道東建設に対し、その引渡をそれぞれ求める申立をもつて、右訴訟に参加した(昭和三〇年(ワ)第八二号)。その後昭和三十一年三、四月頃に至つて、原告等は、右仮処分物件が亡失しているとのことを聞知し、執行吏高村辰雄にその真否につき照会したが、同執行吏からは明確な回答が得られず、自ら藤本欽三において現場に赴むき調査した。その結果別紙目録記載の物件は所在せず、その行方は不明であつた。そこで、原告等は右参加訴訟中、道東建設に対する物件の引渡を求める申立を取り下げた。しかして、前示訴訟の結果、昭和三十二年五月十日原告等三名と前記藤島等九十七名との間において、別紙目録記載の物件(但し(八)を除く)が原告等の共有に属することを確認する、との判決があり、右判決は同月中に確定した。

以上の事実を認めることができる。なお右認定中、原告藤本から執行吏に対し、仮処分物件の存否を照会したとの点につき、これに反する証人高村辰雄の供述部分は、原告藤本本人の供述に照らし措信しがたく、他に右認定に反する証拠はない。

二  ところで、国家機関として裁判の執行という職務を課せられている執行吏が、債権者の委任に基づき各種の執行処分を実施するに当つては、その委任の趣旨に従い、確実かつ迅速に債権者の権利の確保及び実現を図るべく努めなければならないとともに、その際債務者及び一般第三者に対し、不法不当の不利益を与えることのないよう、適法にかつ合目的的に処置をとるべき義務があることは自明のことといわなければならない。この理は、既になされた執行処分を取り消すにあたつても異なることはない。ただ、右にいう合目的性の判断においても、厳格な法規の枠に拘束されており、法は、執行吏に広汎な裁量権を与えることは、寧ろ執行の公正をゆがめるおそれがあるとしていることもまた明らかである。更に執行又はその取消にあたり、実体的権利関係の如何につき判断を要する場合においては、執行吏は委任にあたつて提出された執行力ある正本、対象となつた物件の性質、状態及びそのおかれている位置等物件自体に対する観察を主たる資料として、これをなすべきであり、これを超えて、自ら諸般の資料を蒐集し、実体的真実の探求をなすことは許されない。

執行吏が有体動産に対する仮処分執行を解除する場合において、目的物件を債務者その他その物を受け取る権利を有する者に交付しなければならないことは、執行吏執行等手続規則の定めるところである(六十条、五十九条、四十八条二項)が、この場合にも、執行吏として原則として仮処分、仮処分取消又は仮処分執行取消の裁判により、その物件を受け取るべき権利者を判断すべきであり、またそれで足りるのであつて、右資料により判断されるべき権利者以外に、真実の権利者があるか否かを調査探求すべき義務を課しているものと解することはできない。寧ろ、執行吏が仮処分執行の実施過程において、たまたま仮処分の裁判等に示されている者以外に真実の権利者があることを知つたとしても、それが関係人全員の一致した陳述により明白であり、かつ執行解放に際し関係人一同の要請があるような場合は格別、執行吏の単なる主観的な確信に基づく権利者にその物件を引渡すことは許されないものといわなければならない。もつとも、かような場合において、執行吏が真実の権利者と信ずる者に、執行が解除されることを伝え、その者に善処の機会を与えることは、時によつては許されるであろうし、またそれが親切な態度であるといえることもあるであろう。しかし、それはあくまでも私的な立場での親切心の表現であつて、かような措置に出ないことをもつて、違法若しくは不当とすることはできない。

三  本件においては、前示のとおり、仮処分債権者藤島等は永井建設に対する賃金債権者であり、債務者は仮処分物件を逢沢組から貸与を受けて使用している道東建設であり、逢沢組は仮処分債務者として登場していない。しかも債権者は仮処分物件が永井建設の糠平出張所長川原由蔵の所有に属するとして、同人に代位してその物の引渡請求権を主張しているのである。しかして、本案訴訟及び参加訴訟は、藤島等は右物件が逢沢組の所有であると主張し、原告等はその内別紙目録記載の物件を自己の共有であると主張して提起されたものであるが、結局判決により原告等と藤島等との間において、原告等の共有権が確認されている。なお、前示甲第二号証によれば、右訴訟において、藤島等も結局また別紙目録記載の物件が原告等の共有に帰した事実を認めるに至つており、原告等と逢沢組との間においては、逢沢組が右物件が原告等の共有に属することを争つていない、という理由で、訴は利益を欠くものとして却下されていることが認められる。

このことからみると、本件仮処分の執行当時においてはともかくとして、少くとも本案訴訟の段階に至つてからは、別紙目録記載の物件に関する限り、訴訟当事者全ての間で、それが原告等の共有に属することに争いはなかつたといえる。また仮処分申請当初から、仮処分債権者及び債務者はいづれも右物件につき所有権を主張するものではなく、仮処分債権者は本案訴訟の段階で、右物件が永井建設若しくはその糠平出張所長川原の所有ではなく、原告等の共有に属することを認めるに至つては、右物件に対し何らの利害関係をもたない立場におかれたことになるし、仮処分債務者も逢沢組から貸与を受け工事に使用している限りで右物件の帰趨に関心があるだけで、工事に使用する必要がなくなれば、実質的利害関係のない地位にあるものということができる。しかも、証人大野米八の証言によれば、昭和三十年五月頃には、道東建設は右物件の使用を必要とする工事は終了していたことが認められる。従つて、本件仮処分執行が解除された当時においては、仮処分債権者、債務者いづれも、右物件につき実質的な利害関係に由来する関心をもつていなかつたことが推認できないわけではない。

かような事態を、本件物件亡失後において、原告の立場に立つて考察すれば、執行吏高村辰雄が、仮処分債権者等の代理人三原幸信の申請により仮処分執行を解除するに際し、仮処分債務者道東建設にその旨通知したのみで、本案訴訟の動向を調査せず、原告等を含めた本案訴訟の関係者に何らの連絡をとることなく、仮処分物件を解放したことは、いかにも不親切であつたとの非難を加えたい気持をもつに至つたことを理解することができないわけでもない。

しかしながら、本件訴訟に現はれた全証拠によるも、仮処分執行からその解除に至る間に、執行吏に対し関係者から本案訴訟の内容及びその動向等につき通知し若しくは報告する等の処置がとられたことは認められないし、同執行吏が右の点を了知していたという事実も認め難い。しかも、仮処分判決によれば、従前から目的物件を占有し、右判決によつてその使用を許されているのは、仮処分債務者であることが明白であり、仮処分解放申請書によつても、目的物件を受け取る権利のある者が債務者以外にあることを示唆するものはないのである。然りとすれば、同執行吏に仮処分執行解放にあたつて右のごとき措置をとるべきことを要求することは、不能を強いるものといわなければならない。(なお、執行吏が積極的に右の点を調査探求すべき義務のないことは前示のとおりである。)仮りに、同執行吏が、たまたま本件物件に関する原告等の主張その他本案訴訟の関係等を知つていたとすれば、本件仮処分当事者が本件物件に関し、前示のような関係に立つことは容易に判断できることであり、従つて、少くとも本案訴訟の関係者に仮処分執行を解除する旨連絡をとることは親切な処置として許容されるところである、とはいえるとしても、かような措置に出でなかつたことをもつて、違法若しくは不当な処分である、とすることができないことも前示したとおりである。従つて、同執行吏が仮処分の目的物件を受け取る権利を有する者を仮処分債務者であると判断したことは相当である、としなければならない。

四  原告等訴訟代理人は、執行吏高村辰雄は本件仮処分の執行解除にあたり、目的物件を何人にも交付せずに放置したものである、と主張し、被告指定代理人は、右執行吏は執行吏の代理占有者として、物件を占有している仮処分債務者に執行解除の通知をしており、これは所謂簡易の引渡にあたるから、債務者に交付したものである、と主張するので、この点について判断する。

本件仮処分は、目的物件に対する債務者の占有を奪い、執行吏の保管に移し、現状を変更しないこと条件として、債務者にその使用を許している、のである。従つて、右仮処分の執行により、執行吏は目的物件の占有を取得したわけであるが、これは公法上の占有であつて、債務者の私法上の占有は結局存続したのである。その後昭和三十年九月債権者等の申請により、物件の保管場所が変更していることは前示のとおりであり、その際仮処分債務者の承認を求めているか否かは、本件に現はれた全証拠によるも認め難いのであるが、債務者からは右処分につき何らの異議も提出されていないことが窺はれるし、証人大野米八の証言によれば、物件を執行時における所在場所から移転する時には、債務者道東建設の管理人の了承を受けていることが認められないわけではなく、これらの事情からみて、右物件の保管場所の変更につき、道東建設は黙示の承認を与えたと推定するのが相当である。然りとすれば、本件物件に対する債務者の占有は、右物件の所在場所の変更によつて消滅したとみることはできない。他に執行解除に至るまでの間において、仮処分債務者が、目的物件をその貸与者である逢沢組に返還し、若しくはその他その占有を喪失する所為に出たことを窺わせるような事実は、本件全証拠によるも認めがたい。

このように、執行解除となつた目的物件を受け取るべき者が仮処分債務者であり、目的物件の占有が継続して債務者に存する以上、債務者が解放された目的物件を、執行吏の力を借りることなしには自由に取扱うことができない等の特段の事情がない限り、執行吏は執行処分の取消にあたり、改めて目的物件を債務者に引渡すという意味での交付を要するものではなく、執行取消により債務者の私法上の占有を蔽つていた執行吏のもつ公法上の占有が消滅したこと、従つて以後債務者は目的物件をその自由に処置できることを債務者に告知する意味において、執行解除を債務者に通知すれば足りるものと解すべきである。従つて、本件において執行吏高村辰雄が、仮処分執行を解除するとともに、その旨の通知を直ちに債務者道東建設に対してしたことは相当であつて、このことをもつて目的物件を何人にも交付することなく放置したということはできない。

なお、執行吏高村伝及び同高村辰雄は、前示のとおり本件仮処分物件の保管場所を債権者の申請により移転し又は債権者のした移転を承認しており、このことは債務者の使用を許されている仮処分物件に対する措置として、必ずしも当を得たものということができないのであるが、前認定のとおり、債務者において黙示の承認を与えていたとすれば、この点も違法、不当の処分となすことができない。

五  なお、証人大野米八の証言によれば、本件仮処分執行の解除される前において、仮処分債権者等の代理人大野米八と本件原告等の代理人河俣良介等との間において、仮処分物件の処分に関し、何らかの話合がなされていたにも拘わらず、その話合の趣旨に反して仮処分債権者等の一部の者が、仮処分執行解除の申請をしたごとき事情が窺知されないわけではない。そしてかような事情が執行吏に判明していたことを認めさせるような証拠は一も存しないのであるから、本件仮処分の執行が解除されたことは、主として仮処分債権者の側の責任に帰せられるべきであろう。

一方、仮処分債務者である道東建設は、前認定のとおり執行解除当時既に目的物件の使用を必要としない状態にあつたわけであるが、それにしても目的物件は逢沢組から貸与を受けたものであり、仮処分により自己の使用を許され、占有を継続してきたものである以上、仮処分執行が解除されたときは、直ちに逢沢組に返還の処置をとるか、若しくは逢沢組のために善良な管理者の注意義務をもつて保管の責に任ずべきであつたといわなければならない。

更に本件原告等としても、本件物件が原告等の共有に属すると主張し、本案訴訟に参加したのであり、右物件につき本件仮処分のなされていることは知つていたと認められるが、既に他から仮処分がなされていても、右仮処分が前示のとおり、目的物件につき所有権を主張する者を当事者としていないのであるから、何時いかなる事情から仮処分執行が解除されるか予測を許さないことも十分認識できた筈であるというべく、右物件の存在を確保するためには自ら進んで適切な保全処分を求める等万全の措置をとるべきであつたのではないか、とも考えられないわけではない。

これらの点を考慮すれば、原告等が本件物件の亡失するに至つた結果につき、その責を執行吏に帰せんとする主張は、少くとも失当といわなければならない。

六  以上によれば、当事者の主張するその他の点につき判断するまでもなく、原告等の本訴請求は理由がないものとして棄却すべきであるから、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して、主文のとおりに判決をする。

(裁判官 西村宏一 西川潔 近藤暁)

目録

一 ミキサー二十馬力モーター付(二十一サイ) 一個

二 同    十馬力モーター付(八サイ)   一個

三 ウインチ三十馬力モーター付        一組

四 同   十五馬力モーター付        一組

五 クラツシヤー二十馬力           一組

六 同     十五馬力           一組

七 三気筒プランヂヤーポンプ         一組

八 四十馬力コンプレツサーモーター付     一組

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